2011年 07月 23日
Let's walk before they make us run. 03
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夕飯の補助メニュー、80人分。
寸胴一つでまかなえるほどですが、、


7/1-6に、石巻で炊き出しボランティアをしてきました。
そのレポート記事です。
なお、この記事は2011年7月6日までの話です。
被災地の情報は日々急激に変化していますので、
この記事の内容が現在の情報と異なる場合があることを最初にお断りします。


「ブロードウェイ食堂ふたたび」

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これは5月の写真です。
4月から2ヶ月間続いたここの炊き出しは、5月末に終了。
炊き出し現場が一つ減ることは、とても喜ばしいことです。
その界隈の人の食事が通常に戻りつつあるということだから。
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6月末、ここの避難所にはまだ100名ほどの方がいました。
3食の食事はすべて自衛隊が作っていたのですが、
突然撤退して3食すべて冷たいお弁当に逆戻り。
電子レンジもない避難所です。
夕飯の時だけでも、温かい汁を一品、
そんな理由で、またここでの炊き出しが復活しました。

4月からずっと足繁く通い対話を重ねて、色々な支援の話をとりまとめていたのは、
有人君です。
一度撤退した炊き出し場所で再び炊き出し再開できるのは、希有な例で、
それができたのも、彼が避難所の人々と自衛隊の隊長に顔なじみだったからです。
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7/2夕方、
料理をしていると、見覚えのある男の子が、
「あ、シェフだ、おーい、ひさしぶりー、何作ってのー」
「おー、元気かー。トマトスープだよー」
「げ、オレトマトきらい、オレが食えるようにうまく作ってね」
「う、わかったよ」
ちょっと生意気な中1男子君と、5月以来の再会です。
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体育館内は火気厳禁なので、外で調理してから中に運び配膳開始。

ブロードウェイ食堂ふたたび。
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さっきの男のが、
「トマトスープ、完食してやったぜー」
「おお、よかった、じゃあさ、明日のメニュー考えてよ」
「え、オレが?」
「うん、どんなスープが食べたい?何でも作ってあげるよ」
「ほんとに何でも」
「うん」
「じゃあね、、、、、豆腐とキノコがたっぷり入った味噌汁、できる?」
「よろこんでー」
「何それ?」
「東京の居酒屋の挨拶」
「意味わかんねー」
避難所の中は相変わらずの段ボールのしきり、蒸し暑く過酷でした。

7/3(日)
リクエストにより、豆腐とキノコたっぷりの味噌汁を作りました。

どんな炊き出し現場でも、味の感想、次はどんなものが食べたいか、
必ずきいてまわります。
子供達は、
「にくー、豚汁とか、肉の入ったものならなんでもー」
でもご年配の方は、
「お肉はちょっとね、お野菜がいいわね、お野菜のお味噌汁」
、、、うーん、どちらをとればいいのでしょう、、、
よし決めた、毎日、例の中1君に決めてもらおう。
「明日何がいい?」
「とんじるー」
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7/4(月)
この日から、避難所の方が班別で調理手伝いにきて下さっています。
ここの場所では
「くれぐれも何もしないように、関川君、右手に嘘でいいからギブスしていきなさい」
と、リーダー・とーるさんに厳命されていました。
僕は近所のスーパーで、豚肉を4キロほど買って、
調理テーブル、コンロ、プロパン、包丁などをセットしただけで、
あとは全部、最後の味付けまで全部、お母さんたちにしていただきました。

何人かのかたとお話しをして。
「自宅はね、もうどこだかわかんないの。一階だけ壊滅して二階は残っているとこもあるでしょ。
 うちは違うの、何もなくて、道路の形も変わっているから、
 瓦礫かきわけていって、多分このあたりかなあ、って。まわりの目印も残っていないから」

他の避難所の方も、
「なんか自分だけ生き残って申し訳ない」
というニュアンスのことをいまだに言われます。
目の前で家族や友人、仕事場の同僚をなくした方、
何もかも津波に流された方の心の痛手は想像を超えたもので、
何かいえる言葉はなく、ただ話を聞くのみです。
生きているのもつらい、虚無の森をさまよっていた方に、何かをしていただく。
それがボランティアなのだと教えてくれたのは、絆のリーダー達です。
初動72時間は人命救助と生きるための炊き出し、必要物資配給。
でももうそこからずいぶんと時間は過ぎています。
いつまでも物資を一方的に与えて、食事をわたして、
それでは駄目なんだよ、と言われました。
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ここの避難所には子供の笑顔があります。
それだけで、とても救われる場所です(子供がまったくいない避難所もありますので)

7/5(火曜日)
この日は子供たちが料理を手伝ってくれました。
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「きりたーい」
「たまごわりたーい」
「いいよー、じゃあ全部たのむねー。ゆっくりでいいよー、指きるなよー」
一生懸命手伝ってくれました。
この日の当番の方も、子供たちに料理を教えながら。
「みんなじょうずだねー。家庭科の授業で料理したことある?」
「あるけど、こんな大きい鍋ではやったことない」
味見すると、本当においしい、とびきりのお味噌汁ができました。
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仲良くなった男の子がいます。
彼は小学校5年生。
色々な話をしました。
一緒にジュースをのんで、お菓子を食べて、料理をして、配膳もして。
後片付けをして帰ろうとすると、
「まだ帰らないでよ、もっといてよ」
と言われました。
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僕たちは月を見上げながらお話しをしました。
星の話、漫画の話、食べ物の話、友達の話、旅行の話、学校の話。
すっかりあたりが暗くなって、僕は彼の頭をわしわしとなでながら、
「じゃあ、またそのうち来るからな」
と言うと抱きついてきて、
「たまには避難所に泊まっていってよ」
と言われました。

避難所は災害救助法で定められた場所です。
ボランティアの僕が事前申請なしに泊まることは許されていません。

5月に初めてここにきて700人分の食事を作っていた時、
ここの小学校の児童には食べさせられないと知って愕然としました。
管理栄養士の資格もないし、児童のアレルギー事情なども把握していないので当然のことでした。
僕は一体何をしにきたのだろう。
強い無力感に包まれて、このままでは終えられないと思い、
6月、そして7月にまた石巻に来たのに。
初夏の夜に、
たった一人の男の子の涙に応えられない自分がまたいました。

(つづく)

by moonisup | 2011-07-23 00:43 | volunteer


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