<   2011年 09月 ( 14 )   > この月の画像一覧

2011年 09月 30日
The sky is blue 03
a0003650_22332018.jpg

9月6日。
石巻湊中学避難所で、はじめてお米を研ぎました。
170人分の食事を作っていた6月頃は、毎回10升ぐらい炊いていて、
その頃はまだ水が貴重で、無洗米をつかっていました。
9月の湊中学避難所には14名ほどの人がいらして、
この人数のご飯なら、お米を研いでもいいでしょうということで。
(補足:この後の台風でまた断水になった地域もありました)
a0003650_22335834.jpg

この方(写真左)は、湊中学避難所でずっと暮らしている方です。
大規模炊き出しをしていた時から、いつも料理を手伝って下さいました。
「避難所でじっとしているの嫌なのよ、身体動かしていないとおかしくなっちゃうから」
と、元気な方です。
そして8月以降、炊き出しが終わった後は自主的に、
避難所でのお昼ご飯に添えるおかず人数分を、一品作っていました。
僕らはその食材を届けて、料理のお手伝いをして、
皆さんから色々なお話しをうかがいました。

【仮設住宅について】
a0003650_22341654.jpg

・避難所にいるとお金は一切かからないけど、
 仮設に入ると家賃はないが、水道光熱費、食費がかかる
 津波で会社が流されて失職した人々は、今後の生活が不安。
・近くに商店のある場所は人気があり、
 徒歩40分内にコンビニすらない場所は不人気。
 不便な場所は抽選なしでも入れるが、車は津波で流されているので困る。
・半年の避難所暮らしでの荷物が予想以上に増えた。
 すべての仮設住宅は収納スペースが狭く、
 また屋外に物置等を設置するのは原則禁止で、収納の工夫が必要。
・1DK(1人用)、2DK(2-3人家族用)、3K(4人以上)の3種類がある。
・集会場はすべての仮設住宅に必ずある。
 ガス水道があるので、集会場でも料理はできる。
 ただし集会場の営利目的の使用は禁止。
 ボランティア団体は市役所に申請すれば独自に借りる事も可能。
・すべての仮設住宅には、家電6種がある。
 洗濯機、テレビ、電子レンジ、エアコン、炊飯器、冷蔵庫。
 他に、布団(人数分)、ほうき、人数分の食器、目覚まし時計、爪切り、裁縫道具など。
 米は10キロ(入居時のみ)
・シャワー、バスタブもあり。風呂の追い炊きはない。
・仮設住宅は、新品もあれば、使い回しもある。
 神戸など、全国での使用を考えられていて、東北だからといって、
 特別な冬装備の建築ではない。各自で冬対策が必要。
 プレハブ建築で壁が薄く、東北の長い冬を越せるのかが心配。
・何も商店がない地域だったけど、仮設住宅ができたことで、
 コンビニやラーメン屋が新設された地域もある。
・ほとんどの仮設住宅は、コンクリートでなく砂利になっていて、
 車椅子や杖での移動は大変で、また足音も響く。

(先日の台風では、雨漏りしたり浸水した仮設住宅もありました)

行く先はまだ不安ですが、それでも避難所から仮設住宅に移ることは大きな希望で、
「これでようやく始められる」
という言葉が印象的でした。

a0003650_22343543.jpg

電気のない暮らしは大変です。
この避難所ではソーラーパネルを設置しました。
a0003650_22345187.jpg

ただし1回の使用は700ワットまで。
ドライヤーなどは無理です。
a0003650_2235573.jpg

ソーラーを使った風呂。
簡易シャワーだけの避難所が多いなか、ここは浴槽も設置していました。
周りのよしずを降ろして使用します。
なお、このソーラーシステムは現在、ボランティアの新ベースに移設して使っています。
a0003650_22355030.jpg

エアコンのない夏。
ゴーヤのグリーンカーテンでしのぎました。
a0003650_2236976.jpg

ここでは、津波で海水をかぶった農地を復旧させるための、
ミミズプロジェクトを行っていました。
500kgのミミズを飼育して、農業に適した土壌を作っています。
調理後の野菜のはぎれを毎回、ミミズの土にいれて混ぜていました。
このミミズたちも里子に行ったり、引っ越しました。
a0003650_22362224.jpg

9月8日。
「ここで料理するのも、そろそろ最後だね」
と、お葛かけをご馳走になりました。
宮城の郷土料理だそうです。
片栗粉でとろみをつけた醤油汁に、野菜、豆ふ、揚げが入る汁料理。
身体が温まる美味しい味でした。
a0003650_22364211.jpg

ここ、湊中学の避難所も、9月いっぱいでの完全閉鎖が目標です。
この校舎は2階まで津波が来たので、3階4階に住んでいました。
年配の方が多く、中学校舎の階段を上り降りするのも、大変でした。

校舎の階段には、中学生達の描いたポスターや標語がまだ貼ったまま。
見ているだけで、ぶわっと泣きそうになります。

今後この校舎をどうするかは、まだ未定。
取り壊す校舎と、継続使用校舎の違いは、耐震構造建築かどうか。
古い設計の校舎は、再利用はしないとのこと。

ここにいた生徒達は、別の中学に編入して授業を受けています。
武道場2階体育館では、土曜日に部活の音が聞こえることもあります。

(つづく)

by moonisup | 2011-09-30 23:09 | volunteer
2011年 09月 29日
The sky is blue 02
a0003650_20523328.jpg

「久しぶりー、元気だった?」
二ヶ月ぶりの再開。
彼は一瞬の間をおいて、僕に飛びついてきました(あえなく倒れたオレ)
a0003650_205317.jpg

石巻市大街道小学校は僕が初めて炊き出しをした現場です。
5月の頃は、一回に700食でしたが、9月には40食分で、
夕飯にそえる味噌汁作りのサポートです。
a0003650_20532285.jpg

料理作りをしてくれる人たちに、お茶やお菓子の差し入れをして、お話しを。
「今日、あんた一人なの?」
「はい、そうです」
「友達いないの?」
「そうなんですよー」
「あはは、やだもう、東京からだっけ」
「はい」
「ご苦労さんだね、ありがとね」
「で、なんで一人なの?」
「仲間が和歌山にも支援に行っているので、人手不足なんですよ」
「和歌山も大変なんだって?避難所暮らしの人いるの」
「そうみたいです」
「あたしが行ってあげたいよ、避難所生活のノウハウおしえてあげたい」
「いやいや、それどこじゃないでしょ」

色々な事情で最後まで避難所に残っている人たち。
なんだかとても強く明るい人たちです。

「あたしさ、久しぶりに服買ったのよ。ずっと配給品ばっかりだったから。
 ようやく好きな服買ったの」
9月の秋空の下、体育館から明るい声がもれてきます。
a0003650_20534061.jpg

日が短くなりました。
夕方6時、夕飯の配膳開始。
a0003650_20541572.jpg

「まだ残ってる?」
「あるよ−、いっぱいおかわりしてねー」
子供がいる避難所は全体的に雰囲気が明るく、活気もあります。
a0003650_20544057.jpg

「よ、元気だった?」
「おう、久しぶり、そっちは」
「部活でちょー大変。ここも人減ってつまんなくなったよ。あと、日本史難しいー」
「何でもきいつくれよ、日本史なら」
「まじ、じゃあ平成から縄文まで逆に言って」
「ぎゃくに?なんで?」

この子のお母さんとも少しお話しをしました。
「夏に写真送って下さってありがとうございました、
 お礼の手紙書きなさいってて、言ったんですけど、」
「いいですいいです、中1男子が手紙なんて、恥ずかしくて書けないもんですよ」

自分の子供と年齢が近いからか、なんだか気になる子で、
この時はずっと「ハガレン」の話をしていました。
「11.5巻読んだ?」
「もちろん」
「映画行ったんだ」
「息子がね」
「へー」
「行ったの?」
「うん、仙台まで観に行ったよ、石巻では映画やってないから」
「そっか」
a0003650_2055044.jpg

写真左のお父さん、2年前まではスノボをしていたほど元気な方です。
「最近は体調悪いんだけどさ」
と夕飯は、お味噌汁だけを大盛り食べています。
毎日夕飯サポートに行っていると、
「これ食べて、娘の婿が塩竃でマグロの仕事しててもらったから」
と、マグロ切り身の醤油漬けをいただいてしまいました。
あまりの旨さに感動。
(避難所でマグロもらってるオレって、、)
a0003650_20552210.jpg

これは仙台から手伝いに沼田君が来てくれた時、
40人分の味噌汁を二人で運ぶの図。
避難所のあいかちゃんが撮ってくれました、ありがとう。
a0003650_20562716.jpg

この避難所も9月いっぱいで閉じる予定です。
もうまもなく。
みんなどうしているかな、引っ越しは無事に終わったのかな、、

震災前には、近所、というのものがありました。
顔見知りの人がまわりにいるのが当たり前です。
でも、避難所に入ると必ずしも知り合いばかりではありません。
地域も年齢も職種も違う人たちが、狭い体育館で共同生活をして、
リーダーを決めて、班をわけて。
それは容易なことではありません。
そして、また各々が、色々な仮設住宅に散っていきます。
そこでまた知らない人同士で集まり、自治会を作らねばなりません。
めまぐるしく変わる状況でのコミュニケーション作りは、大変なことです。
(つづく)

by moonisup | 2011-09-29 21:04 | volunteer
2011年 09月 28日
Sweet home Tokyo 17
a0003650_2348360.jpg

Tokyo, 27 Sep 2011, 5:57 PM(JST)

特急通過待ちの時に。
きれいな夕焼け空でした。
6時でもう暗くなる東京です、日が短くなりました。
:->

by moonisup | 2011-09-28 23:49 | Tokyo
2011年 09月 28日
The sky is blue 01
9月5日から8日まで、石巻に行ってきました。
5月、6月、7月に続き4回目の支援活動でした。
遅くなりましたが、報告記事になります。
当時の日記に加えて、毎日現地の仲間から送られてくるレポートを加えた内容にしています。
a0003650_1131965.jpg

宮城県石巻市。震災前の人口はおよそ16万人の町。
太平洋と北上川の空は、ただひたすらに美しく。
a0003650_11313448.jpg

駅前には島村ジョーがいます。
a0003650_11314732.jpg

消防庁舎にはロボコンも
a0003650_1132915.jpg

石巻には、漫画家・石ノ森章太郎の記念館、石ノ森萬画館があります。

そんなのんびりとした町に、311の震災がありました。
中州にあった石ノ森萬画館の1階は津波で甚大な被害をうけて、
半年たった今も休館中です。
幸い原画は2階以上にあり無事で、来年の再開館をめざしています。


震災から半年、語り尽くせぬほどに色々なことがありました。
きれいに片付いた場所、まだ片付かない場所。
景観だけがきれいになっても、人々にはたくさんの問題が山積みされています。

a0003650_11325296.jpg

ここは石巻駅近くの、交通要所。
津波で信号が破壊されて以後、警察官がずっと交通整理をしていて、毎朝大渋滞する場所でした。
9月2日に、ようやくこの信号機が復活しました。
信号があるという当たり前のことだけで、なんだかとても安心できます。

この界隈の建物の多くは津波で電線や電信柱も破壊されていて、
いまだ信号機がない交差点もあり、全国から応援にきている警察官が毎日交通整理をしています。

(追記:9月29日、震災から203日後に、駅周辺の信号がすべて復活したそうです)
a0003650_11395589.jpg

僕らのボランティアリーダー、吉村さん。
災害ボランティアのエキスパートで、タイ、スマトラ、四川、あらゆる大規模災害時に、
すぐに駆けつけて人命救助に尽力される方です。
今回の311の時は東京にいたそうですが、翌日312の朝4時には気仙沼に入り、
救助活動をしていました。
「なぜ石巻なんでしょうか、なぜ石巻には多くのボランティアが集まるのでしょうか?」
「死者行方不明者の数が多いのも理由だけど、他の地域に比べて、破壊された度合いが低かった。
 大きな漁船・工場が流れて街中を破壊したのではなく、海水による被害が広範囲で、
 重機も必要ではあるけど、大量のボランティアが人海戦術で活動すれば、
 意外と早くに町をきれいにできるのではと判断したから」
とのことです。
現在、吉村さんは、台風で再被害にあった牡鹿半島で活動中です。
a0003650_1142989.jpg

震災から半年がすぎて、予想以上に早く石巻市内は片付きました。
大規模炊き出しも終わり、避難所にいた人々は次々に仮設住宅に移っていきます。
そんな時に、和歌山で大きな台風被害がおこり、
石巻からもすぐに応援に駆けつけることになりました。

軽トラックに炊き出し資材・食材を積んで。
a0003650_11432452.jpg

まだまだ積める、泥の掻き出し道具類も。
石巻から1000キロ離れた地へ。
a0003650_11435184.jpg

行ってらっしゃい、気をつけて、たのんます。
この二人はいまだにずっと和歌山で泥掻き出しボランティアを続けています。

石巻市内では緊急支援活動はない、と判断したからこその和歌山行きでした。
まさかこの時には、あんなに大きな台風が襲来するとは思いませんでした。
地盤沈下した石巻市内の一部地域は大雨により、再び冠水しました。

(つづく)

by moonisup | 2011-09-28 11:44 | volunteer
2011年 09月 25日
Worried About You
a0003650_2349770.jpg

これは夏に友人からいただいた、ジンジャー・アップルティー。
身体があたたまる美味しい味なので、
9月初旬の石巻に持っていき、仲間と一緒に飲みました。
その時は、石巻の復興はだいぶ進んでいて、
9月末には避難所にいるほとんどの人が仮設住宅に移ることができそうだ、
と明るい話題もありました。
メンバーと資材の1/3程が、和歌山への支援に向かっている時期でもありました。

ところが、先日の台風で状況は大きくかわりました。
現地メンバーからの日々の定期報告は辛い内容のものばかりです。
そして今日、現地の人と電話で話をしました。

「駅前、アーケード通り、多くの地域で冠水しました。
 ひどいとこは、2日も水がひかなかった。
 以前であれば今回の台風は、こんなには問題にならなかったでしょう。
 街全体が地震で地盤沈下しました、それが原因です。
 このまま僕たちはここに住み続けることができるのか、不安です。」

僕は彼に、応援しています、と繰り返し言うことしかできませんでした。
先日の台風では、ボランティアセンターの仲間達も高台に避難しました。
翌日センターにもどると、事務用のプリンターなども水に浸かってしまったそうです。
毎日毎日、状況はめまぐるしく変わっているなかで、どのような報告記事を書くべきなのか。
僕が行っていた時期の話はもう、古すぎる情報です。
(うかうかして更新遅れた僕がすべて悪いのです、、すみません)
とはいえ、近日中に必ず記事にします。

by moonisup | 2011-09-25 23:49 | volunteer
2011年 09月 21日
always suffering
a0003650_23321149.jpg

このドライフルーツでケーキが焼けるようになる頃には、
すべてがうまくいっていますように。

by moonisup | 2011-09-21 23:32 | sweets
2011年 09月 18日
Sweet home Tokyo 16
a0003650_23561871.jpg

Tokyo, 18 Sep 2011, 8:08 PM(JST)

日比谷通りから、祝田橋方面。
いまだ暑い東京ですが、夕方の雲と風は秋の気配。
a0003650_02377.jpg

ゆっくりとケーキを焼きたい。
焼く時間を作らないとね。
:->

by moonisup | 2011-09-18 23:56 | Tokyo
2011年 09月 16日
写真家・有人による石巻写真展 関西地区
石巻でボランティア活動のかたわら撮影をしている写真家・鈴木有人の写真展示が、関西地区であります。

1.大阪1day

2011年9月17日 · 12:00 - 15:00
ATC(アジア太平洋トレードセンター)
大阪府大阪市住之江区南港北2丁目1-10 南館2階 空の広場
・当日はチャリティーライブなどの催しがあります。
公式サイト

a0003650_22422421.jpg


2.神戸ジュンク堂内
2011年9月15日(木)〜10月16日(日)10:00-21:00
兵庫県西宮市北口町1−1 アクタ西宮 西館4F
地図
なお9月30日(金)19:30-20:45には、有人本人による活動報告会もあります。
公式サイト

関西方面の皆様、どうぞ足をお運び下さい。
:->

by moonisup | 2011-09-16 22:42 | volunteer
2011年 09月 15日
London fruit & herb company
a0003650_9251748.jpg

とっても美味しいお茶でした、ありがとう。
石巻にも持っていて、スタッフと一緒に飲んでいました。

それにしても、東京、連日の真夏日です、まるで8月のような蒸し暑さ。
寝不足、、
:->

by moonisup | 2011-09-15 09:26 | tea
2011年 09月 13日
ミルクティー
a0003650_23335815.jpg

9月だというのに、いまだ暑いままの東京です。
でも、日が暮れると、セミではなくて、秋の虫が鳴くようになりました。
夜になって、温かいミルクティーを飲んだりしています。
:->

by moonisup | 2011-09-13 23:35 | tea