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2011年 07月 31日
Let's walk before they make us run. 06
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「本業は内装工事屋なんですわ、イベント絡みの。
 大工作業だけじゃなくて、色々手伝っているうちに覚えました」
誰に命令されたわけでもなくて、日本中からこんな人たちが自然に集まっています。
彼らの多くは、こんなことを言います、
「いや別にね、正義感とかね、そんなんじゃ全然ないんすよね、
 なんかこう、ほっとけないというか、見てらんないというか、
 あはは、そっすね、おせっかいなんですよ」
と、照れながら素敵な笑顔で。

5月、6月、そして7月。
のべ18日間の炊き出しボランティアをしてきました。
石巻の炊き出しは8/6で終わるので、もう炊き出し目的で行くことはありません。
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この校舎の隣が体育館で、みなと食堂となっています。
ここで「料理だけ」をしていました。
3階と4階は避難所で、整体チームなどは、そこにあがって話をきいて、施術をしています。
でも僕はここの階段を上ったことがありません。
いくつかの他の避難所を今までも見てきました。
そこでいつも、どんな顔をしていいのかわからないのです。
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僕らのリーダー・吉村誠司さんは、災害ボランティアのエキスパートで、
世界中の被災地で人命救助活動をしていました。
3月12日から岩手、宮城で活動を続けていましたが、7月30日に石巻を離れました。
新潟豪雨の支援に行くためです。
なんかこう、覚悟というか何もかもが違うのです。
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「どこの現場でも柱や壁には津波の痕跡が必ずあるので、確認すること。
 自分がいる場所がどんな場所か理解して行動するように」
何度も言われた言葉です。
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校舎の壁にツバメの巣。
小さなヒナ鳥にエサを運ぶ親鳥。
炊き出し作業が終わった後に、みんなで見上げていました。
元気に育つといいね。
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これはアメリカの友人が送ってくれた応援Tシャツ。
Thank you for your donations, I wore the T-shirt in Ishinomaki.
I will send this sticker.
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今まで僕は、ボランティアとは無縁の人生を送ってきました。
たまたま。
本当にたまたま、僕は呼ばれました。
報道と現実の大きな違いを知ってしまったのとひきかえに、
多くの仲間ができました。
そうしたらもう後戻りはできませんでした。

被災地の話は別のブログを立ち上げようと思いましたが、
ここでそのまま書き綴りました。
数人の友人から、
「行けなくてごめんね」
と言われて、それは驚きと後悔の念を生みました。
僕は、被災地に行かない人を責めていたのだろうか、
そんな写真とテキストをばらまいたのだろうか。
そんな意図は毛頭ありませんでした、こちらこそごめんなさい。

被災地に行く最大の問題は時間です。
東京から石巻だと、移動だけで一日費やします。
何日も仕事を休んだり家庭をあけられる人はまれです。
たまたま、僕にはその時間を作ることができました。
家族が応援してくれました。
撮影仕事の日程をクライアントが調整してくれました。
近しい友人たちが、僕個人用の交通費をカンパしてくれました。
チャリティーのワークショップに参加してくれた方、
チャリティープリントを購入して下さった方。
たくさんのお菓子を送ってくれた方。
ありがとう、本当にありがとう。
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石巻にいる時は、あまり考え事をしません。
作業が多くて、余裕がないからです。
東京に戻ってから、ようやく考え悩みはじめます。
幸いなことに、そんなことを相談できる仲間がいます。
そんな仲間の一人が、再び石巻に行くときいて、
パンとジャムを持って駅に見送りに行きました。
みんなによろしく、そして気をつけてね。
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石巻のボランティア仲間の一部は、一旦現場を離れて、
新潟と福島の水害現場支援に向かっています。
彼らにかけ声をかけた仲間がいます、
「オレ行けないけど、たのんます!」

"頼みます"という祈りの言葉を、何度彼らの背中にかけたことでしょう。

ある時、リーダーの一人が言いました、
「何でもします、って来てくれるのは本当にありがたいんだ、
 でもここにきたらさ、自分で判断して自分で責任もって自分で仕事見つけてもらわないと。」
学校や会社ではないのだから、先生も上司もいません。

僕はこの先、どうすべきか、まだ答えが見つかっていません。
8月は石巻行きはお休みします。
そして、約束した人たちがいるので、答えがあろうがなかろうが、
9月にはまた石巻へ向かいます。

吉村さんの行動原理はシンプルで力強いものです。
"見義不為、無勇也"

僕にはそこまでの強い意志はありません。
でも、やっぱりほっておけないのです。
しばらくは東京にいて、仕事をして家族や友人と笑って過ごすことでしょう。
東京の暑さと幸せを享受して、そしてまた9月に行く予定です。
復興支援はまだまだ長く続くことです。
今まで応援して下さったすべての方へ、心よりお礼申し上げます。
ありがとう。

2011年7月31日
関川真佐夫

by moonisup | 2011-07-31 23:09 | volunteer
2011年 07月 29日
Here comes the sun. 43
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Yokohama, 28 July 2011, 4:03 PM(JST)

もっと涼しくなったら、焼き菓子を色々と作りたい。

by moonisup | 2011-07-29 23:18 | sweets
2011年 07月 28日
Let's walk before they make us run. 05
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センターにいる時は、毎朝5時半に起きて、朝食を作ります。

7/1-6に、石巻で炊き出しボランティアをしてきました。
そのレポート記事です。
なお、この記事は2011年7月6日までの話です。
被災地の情報は日々急激に変化していますので、
この記事の内容が現在の情報と異なる場合があることを最初にお断りします。


「仲間たちへ」

ボランティアチームは、いくつかのグループに分かれて活動します。
・ガテン系チーム
・整体医療チーム
・遺留品洗浄チーム(瓦礫から選別した位牌、写真アルバムなどを洗浄する)
・事務作業チーム
・炊き出しチーム
などなど(他にもあります)
それぞれが自分の得意分野で活躍するのですが、人出が足りないチームには手伝いに行き来します。
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「明日の昼の料理に添える温泉卵150個、今夜中に作らないと間に合わないかも」
それを言われたのが、夜の8時過ぎ。
そうなったらもう作るしかありません。
夜の湊中学に行き、電気のない真っ暗な部屋で、
卵を150個、湯温68度キープで25分。
もちろんエアコンも扇風機もないので、汗だくです、
この作業をしてくれたのが、昼間炎天下に漁業支援をしていたケンさんでした。
とても疲れている筈なのに、嫌な顔一つせずに。
そんなふうに各チームが協力しあっています。
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ところが、僕は料理以外の活動を一切しません。
(理由はいくつかありますが、ぎっくり腰爆弾を抱えているのが最大の理由です)
なのでせめて、料理担当で頑張るしかないのです。
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炊き出し班が、センターの朝食と晩ご飯を作るのには理由があります。
・避難所で料理して余ったものを、スタッフみんなで食べる。
・消費期限のあぶないもの、傷みかけている野菜などをみんなで食べる。
それらを管理把握しているのが、炊き出し班だけなので、
僕らがまかない食を作ることになります。

7/1-6の期間、炊き出し班は人出不足で、長期でいる女の子達が、
毎日交代で倒れていました。
なので短期の僕が、朝食は全部作ることにしました。
(早起き得意なので、つーか、目が覚めてしまうのです、はい、、年齢的に)
でも、夜は大街道での炊き出しもあり時間的にも厳しいので、
夕飯は全部他のスタッフにお願いしました。
疲れて戻った時に、夕飯の支度ができていると、とてもありがたいことでした。
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そして、ガテン系チームの若い男の子達は、料理にまったく文句言わず食べてくれます。
「あの、、食べないとやばい唐揚げが大量にあるんだけど、、」
「まかしてください、いくらでも食いますよ!」
「さらに、餃子もちょっと日付的にやばそうなのが、、」
「朝からでもオッケーです、いくらでもお願いします!」
彼らの笑顔にはいつも救われます。
「この豚汁、地元の方用だから、ちょっとしょっぱいかも、薄めてこようか?
 美味しいんだけどね、君は関西から来たんだよね、薄味がいいでしょ?」
「手間かけんでいいですわ、いっぱい昼間汗かいとりますから、いけますわ」

ありがとう。
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そして、こんな日もありました。
大工さんチームの二人がなかなか戻ってきません。
7/2のことでした。
彼らは昼間の作業中に、河原で遺体を見つけました。
第一発見者ということなので、警察の事情聴取をうけて遅くなっていたのです。
震災から4ヶ月がたち、明るい話題も増えていますが、やはりここは被災地なのです。
全員がまた沈痛な面持ちになります。
僕ができるのは、遅く戻ってきた彼らのご飯を温め直すことだけでした。
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一ヶ月という長い期間、活動していた仲間がいました。
彼女が自分の本業に戻る前の晩、
炊き出し班みんなで、サプライズのホールケーキを作りました。
材料も足りなくて、ケーキ専用の調理器具もありませんが、
それでも感謝と敬意の気持ちをこめて作りました。
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初めてここにきて活動していた時は、事務スタッフの苦労に気がつかなかったのです。
被災地にきたら、外で活動するのがボランティア、そんなふうに思いこんでいました。
でも、他のチームとの会議、全国からの問い合わせ、被災者とのやりとり、
地元役場との業務、お金の管理、人員整理、仕事は満載です。
そんな彼らにささやかな差し入れを。
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朝のミーティングで、事務スタッフの方から、
「毎朝、炊き出し班の人が5時半に起きて朝食を作っています。
 本来それは炊き出し班の仕事ではありません。
 ボランティアは3食とも自給自足が原則です。
 ここが当たり前と思わないように。
 せめて、朝ご飯作りを手伝おうと思う方、明日の朝5時半に台所に集合しましょう」
と。
そして朝には、色々な方が台所に集まり、楽しく料理をしました。
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古くて固いパンが大量にあったので、フレンチトーストに(毎朝連続で)
みじん切りのタマネギがあまっていたので、オムレツに(ケチャップで顔描いた)
かためのご飯があまっていたので、雑炊に(卵でとじたらうまかった)
そんな朝でした。

気温が高くなっていたので、食料保存は本当に頭のいたい問題です。
いつも在庫のことを考えながら一日中作業をしていると、
肩こりや腰が痛くなったりします。
夜の消灯前に、ため息をついていると、整体チームのかたが、
マッサージをしてくれました。
僕はよだれをたらしながら、そのまま寝てしまいます、
また風呂に入れなかったけど、、まあ、いいや、
素晴らしい仲間達に感謝しつつ、おやすみなさい(-_-)゜zzz…

(つづく)

by moonisup | 2011-07-28 00:31 | volunteer
2011年 07月 25日
Let's walk before they make us run. 04
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北海道の製菓メーカー・六花亭。
6月に社員の方が20名ほど、瓦礫撤去作業ボランティアにいらして、
後日に、お菓子を石巻に届けてくれました。


7/1-6に、石巻で炊き出しボランティアをしてきました。
そのレポート記事です。
なお、この記事は2011年7月6日までの話です。
被災地の情報は日々急激に変化していますので、
この記事の内容が現在の情報と異なる場合があることを最初にお断りします。


「支援物資について」

被災地への支援物資について。
とても難しい問題です。
どうすればいいのでしょうか、、、
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これは5月の写真です。
この頃は自衛隊のベースキャンプに、テント倉庫があり、
野菜、缶詰、医薬品、水、などが整理されて並んでいて、
申請書をだして、炊き出しなどの物資を受け取りに行っていました。
ここが6月に撤退しました。
宮城県で、生鮮野菜物資を受け入れているのは、石巻市だけでした。
トン単位で集まっていたのですが、暑くなり腐りやすくなっています。
巨大な冷蔵庫などはありません。
腐る前になんとかさばかないと。
石巻のボランティアセンターから宮城の他のセンターに連絡をして、
受け入れ先を探しています。
物資は事前連絡なく、いきなり送られてきます。
タマネギ30トン、カボチャ5トンとか。
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"絆"のリーダー達は、被災地ボランティアのベテランです。
神戸だけでなく、世界中の災害被災地に24時間以内にはいり、発生初動72時間で、
可能な限りの人命救助活動をして、平行しての食料支援、物資支援をしてきています。
その物資配給は、4月には終えていました。
「人間誰しもね、ずっと物をもらっていると、自分で働けなくなるんだよ。
 ご高齢の方とか働けない理由のある方は仕方ないけど、そうでない方までね。
 無計画な物資配給は、逆に人の命をたつこともあるんだよ。」
厳しい口調でした。


・お菓子プロジェクト。
ストレスの多い避難所などで、コーヒーをいれてお菓子を用意して、リラックスしていただこう。
そんな理由で、始まりました。
たとえば、みなと食堂では一日170人分の料理がでます。
そこに「お菓子をどうぞ」とずっと置いたら、一日で200以上必要になります。
そうならないように、時間と数をよく見てから、並べるようにしています。
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大街道小学校の避難所では、
「美味しい手作りクッキーが届きましたー、どうぞ召し上がってくださーい、お子さんが優先になりまーす」
と言いながら、直接手渡しで歩きました。
また、炊き出しのお手伝いにきて下さった人に、
「ちょっと休憩しましょう」
と渡したりもしています。
僕が戻った後にも、このブログで呼びかけてご賛同いただいた方から、
お菓子が毎週届いています、本当にありがとうございます。
現地スタッフが、同じように手渡ししてまわっています。
人員不足で写真を撮る余裕はありませんが、確実に届いています、
心よりお礼申し上げます。
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クラブハリエのバームクーヘン。
こちらの会社の方は、石巻で僕らが炊き出しをしている避難所に、
東京から届けにきてくれました。
あちこちの被災地をお菓子を持ってまわっているそうです。
会社の方針というよりも、社員の有志から動き始めた行動とのことでした。
もちろんこれは、「避難所の方へ」のものですが、
「炊き出ししている方もお一つどうぞ」
ということでいただきました。
染みいる美味しさでした、そうやって直接手渡されると。


7月に現地できいた話です。
避難所に日本中から「本をどうぞ」と段ボールが送られてくるそうです。
もちろんどれも善意のものですが、体育館の中には本棚はもちろん余分なスペースもありません。
避難所のすみに段ボール箱を置いて、
「ご自由にご覧下さい」
とおいています。
ここに本の詰まった重い段ボール箱がいくつも届くと、
運ぶだけで大変で、整理する人員もいません。
そして、、
「ほとんどが読まなくなった本で、最近のものじゃないんだよね。
 ありがたいんだけど、みんなが読まない本は、我々だって読まないんだよね。
 10年前の雑誌送られても、、、」

避難所にいた人々は、どんどん仮設住宅に移っています。
そうなると、送られてきたたくさんの書籍は、残されて粗大ゴミになってしまいます。
仮設住宅にも、コミュニティスペースを作ろうという動きもあり、
そこに図書スペースができればいいのですが、まだめどはたっていません(7/25現在)。
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僕のブログをご覧になった方から、
「タオルを1000枚寄贈したい」
というご連絡をいただきました。
とりあえず100枚だけ送っていただいて、リーダーに渡すと、
「牡鹿半島の作業チームで100枚使うでしょう、でも1000は多すぎます」
と言われました。
そして数枚を湊中学の避難所に持って行って聞いたところ、
「粉塵がひどいので、外に洗濯ものを干せない、室内で乾かないこともあるので、
 300枚ほどお願いします。」
と言われたので、追加を送っていただきました。
このような確認作業、対話をすることで、物資が必要な量、必要な場所に届けることができます。
でも、今後避難所から人はどんどん減っていき、仮設住宅に移っています。
人が散っていくと、大量の物資配付は今後は難しくなります。

7/1の時点で、石巻の大型スーパーは営業を再開していて、
生鮮野菜、肉、魚、牛乳、なんでも通常通り販売していました。
なので今回は、東京や仙台では何も買わずに、
不足している食材はすべて現地で購入しました。
やみくもに食材を持って行くと、営業妨害になるからです。
飲食店が再開した地域からは、炊き出しボランティアはどんどん撤退しなければいけません。
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今回、石巻に行く前にセンターの仲間と連絡を取ったところ、
「物資は本当にいらないから手ぶらできて下さい。
 欲しいのは現金。炊き出しとかの燃料代だけで1ヶ月10万円かかります」
と言われたので、プリント販売などでお預かりしたお金は、現金で寄付してきました。
皆様のご支援心よりお礼申し上げます。


今回、石巻の話を書くのに時間がかかっています。
誤解のないように現状を伝えるのが難しいのです。
ちょっと行っただけの僕が知っていることは、少なすぎるからでもあります。
情報は毎日変わります。
たとえば、ハエが大量発生していて、7/3頃、石巻では殺虫剤が入手不可能でした。
後日に、
「入荷したよ、もう殺虫剤売っているよ」
と連絡が入ったと思えば、
また後日に、
「やっぱり不足している」
と連絡があります。
センターの仲間との連絡だけでも時間差がありうまくいかない時があります。


そして、8/6で石巻での炊き出しが終了する、と先日仲間から電話がありました。
大変喜ばしいことです。
避難所から仮設住宅への移動がすすみ、
近隣の飲食店がどんどん営業開始したからです。
道路もきれいになり、表面的には復興している印象です。
でも、まだまだ郊外では手つかずの地域もあり、
市内でも仮設住宅にはまた新しいたくさんの問題があります。
このような状況で、今後どう支援をしていくのか、本当に悩ましいことです。
昨日今日ボランティアを始めたばかりの僕には、
今後どのような支援をすべきなか、難しい問題です。

・全財産流された人がたくさんいます。
・人口16万人の町で、1万人の失業者が新たに増えました。
・海岸沿いの工場地帯は、壊滅したままで、仕事は簡単には見つかりません。
・働くのが難しい高齢の方も多くいます。
・そして地域の商店は営業再開しています。
・やみくもな物資配給は、営業妨害になります。
・そして物をもらいつづけると人は働けなくなるそうです。
・でもお金がない人もいます。

今後、どのような支援をすべきなのか。
いいアイデアがあればメールで教えて下さい。

炊き出しの仕事はもうすぐなくなりますが、9月にはまた被災地に行きます。
まだまだすべき作業はあります。

(つづく)

by moonisup | 2011-07-25 20:19 | volunteer
2011年 07月 24日
Here comes the sun. 42
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Tokyo, 24 July 2011, 9:57 AM(JST)

白玉を作りました。
ちょっと贅沢な白玉粉を買ってきたのです。
でも、粉を練って団子に丸めるのがいつもうまくいきません。
きれいな球体にするのって、難しいもんです。
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子供(中学2年生・身長172.5センチのナイスガイ)は、夏休みになって、
パラダイスモード全開です。
先日、三者面談で中学に行ってきました。
特に問題なしとのこと。
毎年担任の先生に恵まれていて、本当に感謝です。

一昨日の金曜日、仕事で遅くなる日があったので、朝1000円札をわたして、
「夕飯作ってね、何でもいいから。冷蔵庫の在庫をチェックして、
 足りないものを買って、献立を考えて調理しておいて下さい」
と。
帰宅すると、とてもおいしい冷やし中華ができていました。
ハム、キュウリ、トマト、錦糸卵がきれいに盛りつけてありました。
ありがとう、また次もお願いします。
:->

by moonisup | 2011-07-24 15:10 | sweets
2011年 07月 23日
Let's walk before they make us run. 03
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夕飯の補助メニュー、80人分。
寸胴一つでまかなえるほどですが、、


7/1-6に、石巻で炊き出しボランティアをしてきました。
そのレポート記事です。
なお、この記事は2011年7月6日までの話です。
被災地の情報は日々急激に変化していますので、
この記事の内容が現在の情報と異なる場合があることを最初にお断りします。


「ブロードウェイ食堂ふたたび」

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これは5月の写真です。
4月から2ヶ月間続いたここの炊き出しは、5月末に終了。
炊き出し現場が一つ減ることは、とても喜ばしいことです。
その界隈の人の食事が通常に戻りつつあるということだから。
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6月末、ここの避難所にはまだ100名ほどの方がいました。
3食の食事はすべて自衛隊が作っていたのですが、
突然撤退して3食すべて冷たいお弁当に逆戻り。
電子レンジもない避難所です。
夕飯の時だけでも、温かい汁を一品、
そんな理由で、またここでの炊き出しが復活しました。

4月からずっと足繁く通い対話を重ねて、色々な支援の話をとりまとめていたのは、
有人君です。
一度撤退した炊き出し場所で再び炊き出し再開できるのは、希有な例で、
それができたのも、彼が避難所の人々と自衛隊の隊長に顔なじみだったからです。
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7/2夕方、
料理をしていると、見覚えのある男の子が、
「あ、シェフだ、おーい、ひさしぶりー、何作ってのー」
「おー、元気かー。トマトスープだよー」
「げ、オレトマトきらい、オレが食えるようにうまく作ってね」
「う、わかったよ」
ちょっと生意気な中1男子君と、5月以来の再会です。
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体育館内は火気厳禁なので、外で調理してから中に運び配膳開始。

ブロードウェイ食堂ふたたび。
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さっきの男のが、
「トマトスープ、完食してやったぜー」
「おお、よかった、じゃあさ、明日のメニュー考えてよ」
「え、オレが?」
「うん、どんなスープが食べたい?何でも作ってあげるよ」
「ほんとに何でも」
「うん」
「じゃあね、、、、、豆腐とキノコがたっぷり入った味噌汁、できる?」
「よろこんでー」
「何それ?」
「東京の居酒屋の挨拶」
「意味わかんねー」
避難所の中は相変わらずの段ボールのしきり、蒸し暑く過酷でした。

7/3(日)
リクエストにより、豆腐とキノコたっぷりの味噌汁を作りました。

どんな炊き出し現場でも、味の感想、次はどんなものが食べたいか、
必ずきいてまわります。
子供達は、
「にくー、豚汁とか、肉の入ったものならなんでもー」
でもご年配の方は、
「お肉はちょっとね、お野菜がいいわね、お野菜のお味噌汁」
、、、うーん、どちらをとればいいのでしょう、、、
よし決めた、毎日、例の中1君に決めてもらおう。
「明日何がいい?」
「とんじるー」
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7/4(月)
この日から、避難所の方が班別で調理手伝いにきて下さっています。
ここの場所では
「くれぐれも何もしないように、関川君、右手に嘘でいいからギブスしていきなさい」
と、リーダー・とーるさんに厳命されていました。
僕は近所のスーパーで、豚肉を4キロほど買って、
調理テーブル、コンロ、プロパン、包丁などをセットしただけで、
あとは全部、最後の味付けまで全部、お母さんたちにしていただきました。

何人かのかたとお話しをして。
「自宅はね、もうどこだかわかんないの。一階だけ壊滅して二階は残っているとこもあるでしょ。
 うちは違うの、何もなくて、道路の形も変わっているから、
 瓦礫かきわけていって、多分このあたりかなあ、って。まわりの目印も残っていないから」

他の避難所の方も、
「なんか自分だけ生き残って申し訳ない」
というニュアンスのことをいまだに言われます。
目の前で家族や友人、仕事場の同僚をなくした方、
何もかも津波に流された方の心の痛手は想像を超えたもので、
何かいえる言葉はなく、ただ話を聞くのみです。
生きているのもつらい、虚無の森をさまよっていた方に、何かをしていただく。
それがボランティアなのだと教えてくれたのは、絆のリーダー達です。
初動72時間は人命救助と生きるための炊き出し、必要物資配給。
でももうそこからずいぶんと時間は過ぎています。
いつまでも物資を一方的に与えて、食事をわたして、
それでは駄目なんだよ、と言われました。
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ここの避難所には子供の笑顔があります。
それだけで、とても救われる場所です(子供がまったくいない避難所もありますので)

7/5(火曜日)
この日は子供たちが料理を手伝ってくれました。
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「きりたーい」
「たまごわりたーい」
「いいよー、じゃあ全部たのむねー。ゆっくりでいいよー、指きるなよー」
一生懸命手伝ってくれました。
この日の当番の方も、子供たちに料理を教えながら。
「みんなじょうずだねー。家庭科の授業で料理したことある?」
「あるけど、こんな大きい鍋ではやったことない」
味見すると、本当においしい、とびきりのお味噌汁ができました。
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仲良くなった男の子がいます。
彼は小学校5年生。
色々な話をしました。
一緒にジュースをのんで、お菓子を食べて、料理をして、配膳もして。
後片付けをして帰ろうとすると、
「まだ帰らないでよ、もっといてよ」
と言われました。
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僕たちは月を見上げながらお話しをしました。
星の話、漫画の話、食べ物の話、友達の話、旅行の話、学校の話。
すっかりあたりが暗くなって、僕は彼の頭をわしわしとなでながら、
「じゃあ、またそのうち来るからな」
と言うと抱きついてきて、
「たまには避難所に泊まっていってよ」
と言われました。

避難所は災害救助法で定められた場所です。
ボランティアの僕が事前申請なしに泊まることは許されていません。

5月に初めてここにきて700人分の食事を作っていた時、
ここの小学校の児童には食べさせられないと知って愕然としました。
管理栄養士の資格もないし、児童のアレルギー事情なども把握していないので当然のことでした。
僕は一体何をしにきたのだろう。
強い無力感に包まれて、このままでは終えられないと思い、
6月、そして7月にまた石巻に来たのに。
初夏の夜に、
たった一人の男の子の涙に応えられない自分がまたいました。

(つづく)

by moonisup | 2011-07-23 00:43 | volunteer
2011年 07月 21日
Here comes the sun. 41
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Tokyo, 21 July 2011, 8:49 PM(JST)

ブルーベリージャムを作りました。
少量なので、お配りするほどはないのです。
また今度ね。
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石巻の活動報告記事がまだ途中です。
何度も書き直しをしているのですが、文章がまとまりません。
粗忽な僕が、迂闊なことを書かないように気をつけているので、
時間ばかりかかってしまっています。

by moonisup | 2011-07-21 23:16 | sweets
2011年 07月 19日
Let's walk before they make us run. 02
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目玉丼(ドライカレーと温泉卵)
被災地での炊き出しメニューも、いまはこんな素敵なプレートがふるまわれています。

7/1-6に、石巻で炊き出しボランティアをしてきました。
そのレポート記事です。
なお、この記事は2011年7月6日までの話です。
被災地の情報は日々急激に変化していますので、
この記事の内容が現在の情報と異なる場合があることを最初にお断りします。
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「湊中学・みなと食堂」

海の近くにあった湊中学は、津波で大きな被害をうけました。
中学としては現在使われておらず、校舎の3階が避難所になったままです。
1階の武道場は扉や窓が大破して、中に大量のヘドロだけでなく破損した自動車なども入りこんでいました。
"絆"に集まったボランティアチームが、根気よく清掃を続け炊き出しができるようにして、
現在の形になっています。
震災直後は、すいとん2000人分の炊き出しだったそうですが、現在は170食分。
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すでに「炊き出し」というイメージからは離れていて、
ご飯・汁物、おかずとサラダ、とても美味しい料理を毎日提供しています。
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"絆"のリーダー・木村とーるさんは、
四万十塾の焚き火料理塾 (エイ出版)」という本を執筆している程の、料理上手。
こんなリーダーだからこそ、スタッフも一生懸命いろいろな料理をつくっています。
(とーるさんは、大変忙しいので炊き出し現場には滅多にきません)
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みなと食堂は、石巻でも有名になり、ここの避難所だけでなく、
遠方から自転車や車で食べに来る人もいるほどです。
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そしてここでもずっとハエの問題が。
窓も扉もしめているので、調理中は大変な暑さです。
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スタッフが一番気をつけているのは、食中毒対策。
切った食材はすぐにハエよけのラップをかけたり、
調理道具は毎回煮沸したりと、細心の注意をはらっています。

休日なしで、170人分のご飯を炊いて料理を数品作っていて、
週末はボランティアも多くいますが、平日は人が足りません。
そんな時は、避難所にいるお母さんたちが手伝いにきてくれることもあります。
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この日は、歯科検診があり、診察が始まる前に手伝って下さる先生もいました。
本当に感謝です。
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みなと食堂は広くて清潔にしているスペースなので、
医療チームも定期的に巡回検診をおこなっています。
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さて、ここで大変なのは、毎日のメニューを考えることです。
自由に好きなものを作っていいわけではありません。
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在庫を毎日確認して、傷みやすいものから順番に使っていきます。

ちょうど僕がいた7/1-6は、炊き出しスタッフが不足していた時期で、
急に暑くなった時期でもあり、長期滞在スタッフには体調不良を訴える人もいました。
僕は6日間の短期なので、リーダーや他のスタッフと相談して、
・毎朝の朝食作り班長
・昼のみなと中学
・夜の大街道小学校
を担当することになりました。
ただし、リーダー(とーるさん)からは、
「君はどこの現場でも極力調理しないこと、他のスタッフや地元の方に任せなさい」
と厳重に注意されました。
"絆"の方針は、
「炊き出しとは、施しではなくて、自立支援である」
ということです。
最終的には被災者の方が全部調理する方向に、うまく持って行くことを目指しています。
すでにそうできた避難所もあります。
この考えは、神戸以来、世界の被災地で活動してきたリーダー達の見解です。
さらに、
「料理以外の全体を見るように、新しくきた人に炊き出しシステムを伝える役割を」
とのことでもありました。
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また他の仲間からの配慮もあり、
一日二カ所炊き出しは大変なので、僕はみなと食堂は補助でいいということになりました。
5日間のメニューとレシピを考えてメモを仲間に渡すだけで、
料理上手の優秀なスタッフに実際の調理はおまかせしました。
最終的な味付け確認は僕がするのですが、
いつも味見を避難所のお母さんたちにしてもらっています。
濃い薄いなどを、数名にみてもらって、調整するだけなので、ずいぶんと楽をさせてもらえました。
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炊き出しで一番大切なのは「対話」です。
避難所の人がどんなものを食べたいのか、今日の料理はどうだったか、
僕は毎日必ず聞いてまわりました。

被災地には日本中からたくさんの炊き出しボランティアが入っています。
中にはプロの料理人チームもいます。
残念なことにそのすべてが好評だったわけではないようです。
各地の有名店でも、不評に終わるとこもありました。
僕はそんな話を被災者の方から聞きました。
どうもそういう料理は、
「こんなものを振るまえば被災者は喜ぶだろう」
という一方的な思いこみの場合が多いようです。
一軒家で暮らしているのではなくて、体育館内という過酷な生活の中で、
何が欲しいのか、何が必要なのか、それは毎日変わることです。

これは別の場所で聞いた話ですが、
東京のとあるホテルのシェフ達が炊き出しをして、大変好評だったそうです。
事前に支配人とシェフの二人が、現地に下見に行き、避難所の人と話をして、
調理場所を確認したりしてから、後日に数名のスタッフが現地入りしたからです。

炊き出しだけでなく、瓦礫撤去チームや他のチームも、必ず対話を何度も重ねています。
とても大変なことなのですが、そのような対話なくしては成立しないことだそうです。
電話などではあまり本音を語ってくれないので。
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そして炊き出しチームは、毎日ノートに必ず記録をつけています。
そうすることで、引き継ぎもうまくいくし、反省点を改善させることができるからです。
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みなと食堂の窓にあるゴーヤのカーテン。
収穫されたら、ここでは数日ゴーヤ料理ばかりになるでしょう。
それを見越して、ゴーヤ料理のバリエーションをすでに考えているスタッフもいます。

政府の目標では8月のお盆までにすべての避難所の人が仮設住宅に入れるように、
とのことですが、完全達成は難しそうです。
それでも避難所にいる人がどんどん減っているので、
近い将来このみなと食堂がなくなることになるかもしれません。
もちろんそれが理想で、被災地からボランティアが全員いなくなる状態になるのを、
誰もが目指しています。
毎日毎日、状況はめまぐるしく変わっていて、この先どうなるか本当にわかりません。
僕が次に石巻に行く事ができるのは9月になります。
その時、みなと食堂があるのか、他の炊き出し現場があるのか、
現地スタッフと連絡をとりあって、また適切な活動ができるようにと考えています。

(つづく)

by moonisup | 2011-07-19 23:59 | volunteer
2011年 07月 18日
Let's walk before they make us run. 01
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リーダーの胸ポケットには、「がんぱっぺ」の文字が。


7/1-6まで石巻で炊き出しボランティアをしてきました。
そのレポート記事を書こうと思っていたのですが、
5月、6月の時よりも写真が少なく、同じ活動の繰り返しだったので、
今回は日記ではなくテーマごとに記事にしてみます。

なお、この記事は2011年7月6日までの話です。
被災地の情報は日々急激に変化していますので、
この記事の内容が現在の情報と異なる場合があることを最初にお断りします。

「石巻ボランティア支援ベース"絆"について」

僕が参加しているボランティアチームを紹介します。
被災地では数多くのNGO、NPO、様々なボランティアチームが活躍しています。
僕が所属しているチームは、ちょっと変わっていて、特定の団体ではありません。
様々な"職人"の集まりです。
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代表者の一人、吉村誠司さん(通称・助さん)
吉村さんは、長野県で林業を営んでいます。
阪神淡路大震災直後、神戸に入りその後13年間神戸の復興を支援しながら、
ナホトカ号重油流出事故、パキスタン地震、中越地震、四川省地震、
ハイチ、インドネシア地震、台湾地震など、世界の被災地に真っ先に駆けつけてきた人です。
今回の東北311の地震が起きたときには東京にいたそうですが、
翌3/12午前5時!には、被災地にいました。
エンジン式のコンクリートカッター(チェンソー)を片手に、
崩れた家の壁を切り開いて人命救助にあたり、
震災発生後72時間活動に文字通り命をかける、日本を代表するボランティアリーダーです。
気仙沼、大船渡、陸前高田での活動をへて、石巻に移動したそうです。

吉村さんのサイト
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そして吉村さんと同じような活動をずっとされている黒沢司さん(通称・クロさん)
黒沢さんのサイト
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四万十塾(高知・四万十川のカヌーガイド)の塾長とーるさん(身長193cm!)

この3人の出会いは神戸の被災直後のボランティア活動だったそうです。
今回の震災直後には、各自が別々に被災地入りして救援活動をおこない、
連絡をとりあいながら石巻に集まって、市内の公民館を半年賃貸契約し、
"絆"というベースセンターを作りました。
当初ここでは物資配給などをしていましたが、
4月以降は資材置き場、炊き出しの食材倉庫、
そしてボランティアの寝泊まりする場所になっています。

四万十塾のサイト

そんな3人のボランティア活動ベテランリーダーのもとに、
全国から仲間が集まっています。
瓦礫撤去に大活躍しているチェンソー部隊(林業)、重機チーム。
復興の手伝いをする大工チーム。
また津波が襲った町では水が数日ひかなかったので、
その時から活躍しているカヌーチーム。
震災直後からずっと続いている炊き出しチーム。
避難所をまわって被災者のケアをしている整体チーム。
他にも色々な"職人"たちが、口コミで集まっています。
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"絆"を裏で支える事務スタッフ。
その代表は、地元石巻の茂木さん。
彼もまた被災者でありますが、毎日多くの雑用、役場とセンターのパイプ役になっています。
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事務スタッフの業務は山のようにあります。
朝から晩までひっきりなしに電話がなり、
メールでの連絡事項、現場に散っているボランティアから緊急連絡が入ったり、
全国から届く支援物資の仕分けなど、眠る暇もないほど。
11時の消灯後も暗闇の中で、PC作業などをしています。
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こんな"絆"に僕を誘ってくれたのが、写真家の友人、有人君です。
とーるさんとは長いつきあいだったそうで、4/1から石巻入りしていました。
彼はいつも明るく、疲れているみんなを笑わせてくれます。
そして誰よりも粘り強く、避難所などと交渉話し合いをしています。
彼が避難所に行くと、そこの子供達が、
「ありとだ、おーい、ありとー」
と集まってくる人気者。
(最初は、ありとさん、ありとくん、だったそうですが、
 今では小学生に呼び捨てにされるほど親しまれています)
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"絆"では、毎朝7時から30分間のミーティングがあります。
全チームの活動報告があり、
たとえば炊き出しチームで人数が足りない時に、
ガテンチームから救援があったり、その逆もあります。
毎朝の報告で全体の流れを全員が把握することで、
各自の活動に結びつきます。
そして、ミーティング最後には、いつもの連絡事項。

「本日の満潮時間は、-時-分です、沿岸地域で活動している人は注意しましょう。
 自分が今どこで活動しているか常に地理を把握しましょう。
 あたりの壁を見れば、津波がどの高さまできたか跡が残っています。
 余震があり、津波がまた来ると思って活動しましょう、
 遠くに逃げるのではなく、高いところに逃げる、
 活動する前にどこに逃げるか確認して下さい。
 単独行動は禁止です、必ず2人組バディをくんで下さい。
 安否確認がしやすくなります。
 車の場合は、窓をあけてラジオをつけて。
 渋滞したら車を道路脇によせて、鍵をつけたたまで逃げましょう。
 忘れ物を取りにいかないこと、バディ以外の仲間を探しに行かないこと、
 人を助けようと思わず自分が助かることを最優先して下さい。」

朝のミーティングは和やかな雰囲気でもあるのですが、
この最後の言葉をきいて、被災地にいるのだと全員が身を引き締めます。
そして、
「今日も元気で、ファイトいっぱーつ!」
のかけ声とともに、7時30分に全員が活動場所に散っていきます。
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他にも紹介したい仲間はたくさんいるのですが、今日はここまでにします。

(つづく)

by moonisup | 2011-07-18 21:51 | volunteer
2011年 07月 17日
Here comes the sun. 40
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Tokyo, 17 July 2011, 5:28 PM(JST)

三連休まんなかの日。
古い扇風機はカタカタと。
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打ち水をすると、コンクリの上で水の焦げる音。
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蚊取り線香はゆらゆらと。
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by moonisup | 2011-07-17 22:38 | photo